我がメガネ人生 

 

 はじめに



 この物語は、有限会社ポテトめガネ社長の山本和利(旧姓 亀田)がひょんなきっかけからメガネ屋になり、それから現在に至るまでの人生を描いた奮闘記である。(※本当の話をベースに少し脚色を加えた部分もあります。登場人物も実在した人物ですが名前を変えています。)

 


 昭和57年 4月



 メガネ屋は突然に


 散っていく桜の花びらを見ながら、ユニフォームジャンパーを脱いで私は作業を続けた。じわりと汗ばむ気候の中、足元に落ちた桜の花びらを見ながら「もう春も終わりだな。」と思った。

「亀ちゃん、給料いくら貰いよるん?」トイレから戻ってきた下田さんが、陽気な調子で聞いてきた。

「え?う〜ん、手取りで8万円くらいですけど...」

 私は、メガネの訪問販売をしていると言う下田さんの乗ってきた営業車のタイヤの空気圧を測りながら答えた。当時、タイヤや車パーツをガソリンスタンドに卸す仕事をしていた私は、スタンドに給油に来るお客さんとコミュニケーションをとるのが日課になっていた。下田さんともいつの間にか仲良くなり、プライベートの話もする様になっていた。

「それでよう働くな〜。ウチに来んかん?売ったら売った分だけ給料やるよ。」

 下田さんはクッとこちらを向いて、茶色い瞳の奥で私の反応を見定めている様だった。下田さんはお父さんがアメリカ人、お母さんが日本人のダブル(ハーフ)で、堀が深くて鼻が高く、更には金髪と3拍子揃った、いかにもハーフ顔だった。それなのに下関弁バリバリで喋りが面白く、そのギャップに萌えたおばちゃん達のアイドル的な存在だった。

 「オレがメガネ屋ですか?いや〜...メガネ屋って勉強しないとなれないんじゃないんですか?」格好良いスーツをさらりと着こなす下田さんに密かに憧れていた私は、突然の誘いに高鳴った心を抑えつつも冷静なふりをして答えた。

 「別に資格はいらんし、働きながら勉強すればええんよ。亀ちゃんの見た目やったらおばさん達によう売れるでぇ。まぁ、考えちょってーや。」そう言うと、下田さんはガソリン満タンの営業車に乗り込んで颯爽と走り去っていった。営業車用のバンが妙に格好良く見えたのを今でも覚えている。

 「オレがメガネ屋かぁ...」

  私の春はこれから始まるのかもしれないと何となく思った。



 その日の夜、早速親父に相談してみた。相談といっても殆ど心は決まっており、頭の中は下田さんのようにスーツ姿で格好良くメガネを売りまくるイメージで一杯だった。

「はぁ?今の会社やったら生涯安泰やろぉが。なんで辞める必要があるほか?」毎日が命懸けの漁師の親父からしたら少なくても安定した給料が保証された会社に勤められているということは、それだけでとても幸せなことだった。

「いや、売ったら売った分だけ歩合で給料が貰えるらしいんよ。」

「そんな簡単にメガネが売れる訳ないやろぉが!」

 その日は、全くの平行線で話は進まなかったが、私の気持ちはより強くなっていた。否定されればされる程、無理矢理にでも打開策を考え出し実行したくなる性格なのだ。

 

 その後、1ヶ月に渡り家族はもちろん親戚一同にまで反対されたが、そんなの火に油を注ぐ様なもの、かえって私の決意は断固たるものとなっていった。 
 程なくして「メガネ屋でトップセールスになっちゃるけぇ!」と同僚達に大見得をきって2年間勤めた海電商事をあっさりと辞めた私は直ぐに、下田さんのいる「Sunメガネサービス」に入社した。


 

 

 

 昭和57年 6月



 組入り
 

 出勤初日、会社に早めに着いたので入り口で待っていると、続々と先輩たちが出勤してきた。出勤してくる先輩たちに順に挨拶しながら、この会社はまともな会社なのだろうかという疑問と、やっぱりこの会社に入ったのは間違いだったのだろうかという後悔の念の様な、何とも言えないどんよりとした気持ちが私の心の中に湧いてきていた。なぜなら、先輩達がまるで仁義なき戦いに出てくる悪役俳優の様なドスの効いた見た目だったからだ。それも、もれなく全員がである。

「おはよー亀ちゃん!」と元気よく下田さんが出社してきた。


「あ、おはようございます!今日から宜しくお願いします...」


「どうしたん?緊張しちょるん?」少しからかう様に下田さんは言った。


「いや、まぁ。ははは...」もちろん、後悔してますなんて言えないので曖昧に笑って誤魔化した。


 

 その日は、下田さんの車に同乗させてもらい、下田さんの仕事ぶりを見ながら色々と会社の話を聞かせてもらった。現在(当時)Sunメガネサービスの社員は実は3人でそれ以外の7人はフランチャイジーだということ。下田さんは部長だということ。そして、もちろんみんな反社じゃないということも。仕事内容はと言うと、それぞれ担当のエリアと持ちまえの営業車が決まっており、その営業車に検眼機やフレームを積んで担当エリアのお宅を一件一件訪問し、その日メガネを買う事なんか想像だにしていなかった人達に全力でメガネを売り込むといったものだ。フランチャイジーの人達は販売した分のフレーム代やレンズ代、営業車のリース代等々が給料から引かれるという仕組みになっていた。

 一生懸命下田さんの仕事ぶりを見て勉強しながら、一挙手一投足見逃さないと言う気持ちで過ごしているとあっという間に初日は終わった。朝の後悔の念の様なモヤモヤはほとんど薄れており、これからの未来に希望が持てた様な根拠のない幸福感さえ感じた。

 下田さんの仕事ぶりを見て勉強をした。と言ってもこの時は右も左も分からないので、技術的なことや専門性は全く分からなかった。ただ、コミュニケーションの技というか話術がとても印象的で、この人は人の心が読めるのかと言うくらいお客様をのせるのが上手かった。そんな事を湯船に浸かりながら思い返していると、ふと(「手品」は手は1つだけど口は3つ。テクニックと同じ、もしくはそれ以上に話術が大事)という昔どこかで聞いた言葉を思い出した。同じ事でも伝え方一つで大きく変わるもんだなと思った。


 

 翌日出社すると、その日はフランチャイジーの先輩の吉岡さんの車に同乗させてもらうことになっていた。「亀、行くぞ!」まるで敵の組に殴り込みにでも行く様なドスの効いた声にビビりながらも舎弟になった気持ちでヒョコヒョコとついて行った。

 
 暫く走った頃、私は会話の糸口を探るべく恐る恐る「吉岡さんは、どの辺を回るんですか?」と尋ねた。すると吉岡さんはニヤッと不敵な笑みを浮かた。その見た目は、もうカタギではない。なにかとんでもないウラが隠されているのではないかと思わされる程だった。

 すると「ワシは、だいたいこの辺からやな〜。」と言いながら吉岡さんがハンドルを切った先は喫茶店だった。ん?喫茶店?マスターがお客さんなのかな?...そうか!一件一件お宅訪問しなくても、喫茶店と提携して待ち伏せ作戦か!と吉岡さんの不敵な笑みと相まって妙に納得がいった。


 そして、喫茶店に入店してから30分が経過した頃、私の後悔は昨日にも増してモヤモヤと大きくなっていた。吉岡さんは入店してからというものずっとインベーダーゲームに夢中になっていた。


「あ、あの〜。お客さんと待ち合わせとかですかね?」


「あ?ワシが?何を言いよるんか、見たらわかるやろ。今忙しいけぇ話しかけんな。」


 そこには、仁義なき戦いに出てくる様な大人の見た目をした少年がいた。


 結局、それから2時間近くインベーダーゲーム+タバコ+コーヒーを堪能した吉岡さんは満足気に「よし、そろそろ行くか。」と立ち上がった。二人分の会計を済ませると、そそくさと車に乗り込む吉岡さんに置いて行かれまいと慌てて車に飛び乗った。

 次はどこだ?早めのランチか? あぁ、今度から吉岡さんと一緒にならない様にしてもらおう。と思っていると、車はスーパーの駐車場に入っていった。吉岡さん意外と料理とかするんかなぁ。。。と、もはや朝の様な期待はゼロで今度は何をするんだろうと思っていた。


 車を停車すると同時に、もはや舎弟と化していた私は兄貴に荷物を持たせていけないと思い買い物カゴへと素早く向かった。「おい亀!どこ行きよるんか!荷物持って行かんか!」吉岡さんは車からフレームの入ったバッグを下ろしていた。「え?あ、はい。」もはや何が正解かわからなくなった私はフレームの入ったケースを両手に抱えて吉岡さんについて行った。


 吉岡さんは表からではなく裏口から入り、そのスーパーの事務所らしき部屋へと堂々と入って行った。「あ、吉岡さん待っちょったよ〜。昨日急に折れてねぇ、予備があったから良かったけど。」事務所らしき部屋にいた店長らしき人は満面の笑みで吉岡さんを迎え入れた。どうやら、朝イチで吉岡さんご指名の電話が入っていたらしい。午前中の喫茶店は店長さんの都合の良い時間になるまでの時間潰しだったようだ。

 それからの吉岡さんの仕事ぶりと言ったら何とも見事だった。昨日の下田さんの様に喋りが上手く、世間話をしていたかと思うとあれよあれよと言う間に店長らしき人物に持ってきたフレームを次から次へと試着させ、一本買い替えの予定だったにも最終的にはなぜか二本購入することになっていた。

 「店長!また出来上がったらすぐに持ってきますから!」吉岡さんは、少年の様な笑顔と元気良い声で挨拶をして事務所を後にした。まるで何が起こったのか分からない私は呆気にとられていた。わずか20分程度の時間にも関わらず、メガネが2本売れた事にもだが、それよりも工具を使わなくても店長さんの顔にぴったたりと合う様に調整していた事に驚いた。


 「吉岡さん、凄いですね。なんかオレ感動しました!」

 「何が感動や、こんくらい朝飯前よ。まぁ、何にしても2本で15万(当時のメガネは1本5〜7万円が相場だった)今日のノルマは達成やな〜。」上機嫌の吉岡さんはそう言うと喫茶店へとハンドルをきった。

 その後、吉岡さんは一日中喫茶店で時間を潰した。私は世の中にこれほど退屈な時間が有るのかと思いながら、感動を返せと言いたい気持ちを抑えるのに必死だった。

 

 

 昭和57年 8月



 独り立ち
 

 

 入社して2ヶ月間は日替わりで色々な先輩の車に同乗させてもらいながら勉強の日々が続いた。
 

 朝9時には出社して、終業時間は決まっていないのだが20時を過ぎると大抵の会社はしまっているし、そんな時間に家に伺うなんてもってのほかだ。なので、それまでにはみんな事務所に帰るという感じだった。完全実力社会、一番売った人間が一番偉いという感じの空気感だったので、めちゃくちゃ売る人は帰宅が早くても誰も文句を言わなかった。そんなシステムなので私が事務所に帰る時間は同乗させてもらっている先輩によってまちまちだったが、研修生である私には終業後の勉強会が待っていた。下田さんが講師となってメガネのイロハを毎日2時間みっちり教えてくれた。きっと下田さんにも大切なプライベートがあったのに、私の勉強に付き合ってくれて本当に有難かった。

 

 そんな、メガネ修行の日々を2ヶ月続けてようやく一人立ちの日がやってきた。私専用の営業車が与えられ、まずは自分の嗅覚だけで任されたエリアを回って新境地を開拓して行く。「初日から必ず売ってやる」という漠然とした自信は2ヶ月間のメガネ漬けの日々が裏付けになっていた。
 

 新人はまず北九州エリアを担当させられる。下関よりも北九州の方が大きな会社が多く、少し怖いおじさん達も多かったので度胸を鍛えるために担当させられるのだった。しかし、私は下関から門司に渡る際に関門トンネルを利用するところに着目して、まず手始めに関門トンネルの運営事務所にお邪魔してみることにした。ここは研修期間中に目星を付けていた。ここなら先輩たちもまだノーマークのはずだ。我ながら良い隙間を見つけたと思った。
 

 「こんにちはー!Sunメガネサービスの亀田ですー!」と元気よく入り口のドアを開いた。すると30代前半の男性が出て来た。

 

 「どうも〜お世話になります〜わたくし、Sunメガネサービスの亀田と申しまして。。。。」と研修期間中に嫌と言うほど見て来た先輩達の営業トーンで勢いよく話始めた。
 

しかし、男性の「いらんよ」と言う一言に、私の練りにねって来た営業トークは遮断された。まるで感情をどこかに忘れてきてしまったのかと思うくらい無感情な一言がなんだかショックだった。


 「あ、でもですね」
 

 「いらんよ」
 

 「そうですか、もしよかったら」

 
 「いらんよ」

 

 「もしよかったら名刺に事務所の電話番号が書いているので、メガネが壊れたりお困りの時にお気軽にお呼び立て下さい。」と言う締めの退散言葉すら言わせてもらえなかった。
 

 「し、失礼しました!」
 

 私は転がる様に事務所を後にした。「失礼しました」にも「いらんよ」と返される様な気がしてなぜか慌ててしまった。無表情から繰り出される無機質な「いらんよ」はトラウマの様に私の脳裏に刷り込まれた。私が知らなかっただけで、この事務所も多くの先輩たちや同業者が既に訪問していたのだろう。
 

 営業車に戻り正気に戻るよう深呼吸をし「今の人は100人に1人の無機質人間で、奇跡的に一発目で出逢ってしまっただけだ。」と自分に言い聞かせた。良かれと思って寄り道したところが自分をいきなりパニックに追い込むとは。こんな事では先が思いやられる。しかも北九州だぞ、次はどんな猛者が現れるんだ?。。。と、考えうる限りの不安と共に私は北九州に上陸した。
 

 流石に朝の様な無機質人間こそいなかったものの、どこに言っても断られ続けた。何件回ったかわからないほど回った。昼メシなんか食べている余裕はなかった。とにかく海運系の事務所を中心に訪問しまくった。


 気がつくと日は落ちて、無意識に車のライトを点灯させていた。時計を見ると19時を回っており流石に開いている会社は無かった。

 

 明かりがついている建物を探す様に走っていると関門トンネルに辿り着いてしまった。「ハァ。。。」こんなにも空っぽのため息が出るのかとなんとも言えない虚しい気持ちになった。2ヶ月間で培ったハリボテの自信は、安いメッキの様にポロポロと剥がれ落ち、むき出しになったのは「売るまで帰れない」と言う小さな意地だけだった。

 

 とにかく、このまま北九州にいても仕方ないので下関に戻ることにした。関門トンネルを通る時、今朝の無機質男を思い出した。今、ヤツの事を思い出すなんてとどめのようなものだと思いながら下関に渡った。なんとなく事務所の近くの海岸沿いを走っているとポツンと一室だけ電気のついたビルがあった。「これはラストチャンスかもしれない」そう思い時計を見たら20時を回っていた。こんな遅くにと怒られることも想定したが、もうそんな事にかまっていられない、とにかくダメもとで飛び込んでみた。

 

 事務所には40代後半の男性が一人残って仕事をしている風だった。その男性は藤畑さんといって、最初こそこんな時間に何事だと言う感じだったが、私が全ての事情を洗いざらい話すと「そうか、なら俺が買っちゃろう。」と2万円の老眼鏡を作ってくれた。本当にありがたかった。今でもその時の事を鮮明に覚えているほどだ。

 

 売上目標には程遠かったが、間も無く21時、売上ゼロよりはましだと自分に言い聞かせ事務所へ帰った。

 

 事務所に着くと電気がついており「おかえり〜。」と専務が迎えてくれた。

 

 「あれ?専務まだ帰られてないんですか?」
 

 「まぁね。しかし亀ちゃん、えらい遅かったね。なんかあったん?」
 

 「いや、売るまでは帰れないと必死になってたらこんな時間になってしまいました。」

 

 「そうか、そりゃあよう頑張ったな。でも、今度からはもうちょっと早よー帰っておいでね。」
 

 その言葉を聞いて私はやっと専務が残業で残っていたのではなく、私の帰りを待たされていた事に気付いた。褒めてもらえるかもという期待が微塵にでもあった自分が恥ずかしくなった。
 

 翌朝、営業に出発する為に営業車に荷物を積み込んでいると、上尾兄弟の弟である龍二がニヤニヤしながらやってきた。上尾兄弟は兄弟揃ってSunメガネに勤めており、弟の龍二は私より年下だったがキャリアが長い為、先輩として私は敬語で接していたが、龍二はムカつくほど偉そうな態度で私に接していた。
 

 「亀ちゃん、昨日遅くまで頑張ったらしいね。今カルテ見たけどあれで2万はもったいないわ〜。40代で遠視性やろ、オレやったら遠近で10万コースやったな〜。もうちょっと勉強して頑張らんとね〜。」

 

 と、龍二は一方的に言いたい事を言って自分の営業車に乗り込んで行った。私は一瞬意味がわからなかったが後から思い返すと悔しくて仕方がなくなった。
 

 それから暫く、私は似た度数のお客様を接客する度に龍二の言葉を思い出した。無意識のうちに「遠近で10万コース」は私の目標になっていた。とは言っても「遠近で10万コース」なんてそう簡単に売れるものではないので、それを売るためにはどうしたら良いのかを常に考えながら接客するようになっていった。それが習慣づいてからは自然と1本単価も上がり、「遠近で10万コース」も5人に1人位の頻度で出るようになっていた。そして、それが当たり前になると今度は10万円の商品でも10万円以上のご満足を頂けるようにする為にはどうしたら良いのかと考える余裕も出てきた。すると、それが認められたかの様に「メガネを買う時はサンメガネの亀ちゃんから買いって言っちょったけー、あそこに行ってみい。」と言った具合にご紹介も増えていった。

 

 入社して半年経ったあたりから私はトップセールスの仲間入りをしていた。そんな折、あるお客様からのご紹介で行った先で、まさかの再会をはたすのだった。。。


 



 



 

つづく...